伊達男の映画批評

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きっかけはどこにあるかわからない「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」レビュー


映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』予告編

作品・出演者情報

監督

モルテン・ティルドゥム

キャスト

個人的レビュー

第二次世界大戦時、ドイツ軍が誇った最強の暗号「エニグマ」の解読を任命されたアラン・チューリングの物語。

史実を基にし、脚色された作品である。

この作品で語られている事実は、イギリス政府によって50年以上も隠されていた。

様々な理由はあるが、最も大きいのはエニグマの解読が「超極秘任務」だったことだ。ドイツ軍にエニグマの解読がバレないようにしなくてはいけなかった。大戦が終わっても、再び起こるかもしれない戦争に備えておかなくてはいけない。ドイツ軍がエニグマを解読されたことに気づかなければ、次の戦争も有利に進めることができるという算段だったのだろう。

つまり、この作品が世に公開されているということは、少なくともイギリスとドイツの間で今後戦争が起こる可能性は著しく低いということを示している。平和が訪れなければ見ることのできなかった作品と思うと、少し嬉しく思う。

さて、この映画では変わり者の天才数学者アラン・チューリングが主人公であるが、作品の中で多くのメッセージが込められていると感じた。

まず伝えられているのは、チームワークの大切さである。いかに優秀なアランであっても、エニグマに一人で立ち向かうのは無謀だった。よくある天才数学者の描かれ方は、人付き合いが苦手だったり、とても変なこだわりを持っていることが多い。本作のアランも例に漏れず、序盤は変人として描かれている。暗号を解読するために集められた天才たちと全くうまく付き合えない姿は、よく言えば何かを起こしそうな天才肌、悪く言えばチームのガンだ。

そんなアランが変わるのは、アランが実施したパズルによるメンバー選考で選ばれたジョーン・クラークの一言。天才的な頭脳を持ちつつも、男性中心の社会で生きてきた女性の処世術を持って他のメンバーと雰囲気よく接する彼女を見て、アランは考えを改める。エニグマの解読という目標に対して最適な解は、周囲との協力だったのだ。

周囲とうまく協力し合うことで解読作業は前に進んでいくが、膨大な組み合わせを試していくのは機械といえど時間がかかることだった。

そんな状況を打破するきっかけは、ふとした瞬間に訪れる。それは、アランが一人で考えていては一生辿り着けなかっただろうヒントであり、仲間と社交の場に出向かなければ得ることのできなかったヒントだった。壁にぶつかった時、気分転換をしたりいつもと違う場所に行ってみることは解決の糸口になりうる。視野を広げて様々な人と過ごすことの大切さを教えてくれる描写だったと思う。

ジョーンの言葉で非常に印象に残っているのは、「あなたが変わり者だから、世界はこんなに素晴らしい」という言葉。この言葉は現代においても十分に通用する。むしろ、多様性を認める社会へと変わってきたことで、多くの人が持っている感覚になってきているのではないだろうか。作中に出てくる指揮官の言葉にもあるが、戦争中は統率が重要視される。つまり、変わり者は矯正されるか見捨てられるかの二択で、世界を良くするとは考えられていなかったのだ。

現代社会ではいろいろな生き方が肯定されるようになってきた。いろいろな生き方の人間がいるから、世界は次々に面白いものが生まれる。

戦争をはじめとする世界的な問題が発生している時、技術力は大きく進歩する傾向にある。軍事産業が発展して生まれた高性能機器は世の中にたくさんあるし、より身近な例でいえば、昨今のコロナウイルスによって多くの企業が機能的なマスクの製造に取り組みはじめている。これまでは不織布を使用した使い捨てマスクが主流だったが、洗って使えるマスクが急ピッチで研究され、ウイルスの流行から3ヶ月程度で発売されている。人類の危機はこうして特定の産業に大きな進歩をもたらす可能性があるが、一方で多くの犠牲を孕む。

戦争や感染症の危険のない世界では、進歩はゆっくりかもしれないが、多くの分野で新しいものが次々と生まれる。何の役に立つのかわからないような発明が許容される社会は、それだけ平和なのだ。もし現代にアランが生きていれば、彼の人生は時代に翻弄されることはなかったのかもしれない。

この作品の主題はエニグマを解読した天才数学者の一生であり、同性愛者への差別や偏見でもある。作中では同性愛について理解のある人物が多く登場するが、実際は発覚すれば投獄される時代が本当にあった。現代を生きる私たちにはそこまで根強い偏見があるわけではないが、いまだに同性愛者への理解が追いついていない節もある。それは法的にもいえる話だ。

同性愛を理解し、様々な制度を整えることによって救われる人はまだたくさんいる。アランのような悲劇的な最期を迎えることはないにしても、彼らがより生きやすい世界を作っていく必要があるだろう。

様々なテーマが盛り込まれた作品で、鑑賞しながら考えることも多かった。世の中には知られていないが、実は偉大な功績を残した人物というのはたくさんいるはずだ。今後もこうした作品が生まれるといいな。

良かった点

ベネディクト・カンバーバッチの繊細な演技には注目してほしい。数学の天才、発達障害、同性愛者など表現の難しい役柄を見事に演じている。字幕で見ているからあまり台詞の言い回しを気にしてはいなかったので、英語圏の人が見ればまた違った印象になるのかもしれない。しかし、変わり者をうまく表現していると個人的には思った。

残念だった点

残念というか、ある程度の予備知識が必要な映画だなと思った。

時代背景や当時のイギリスの戦況について軽く知識があると描写が理解しやすいだろう。作品を見る前にアラン・チューリングを一通り調べてみるといい。

中田敦彦さんのYouTube大学でエニグマについて解説している動画があるので、ぜひこちらを参考にしてもらいたい。


【暗号解読②】エニグマと天才数学者の数奇な運命

終わりに

この映画は間違いなくオススメの映画だ。

個人的には邦題をもう少し工夫できなかったのかという思いがある。イミテーション・ゲームだけでよかったような気もするかな。副題が作品を少し堅苦しく、手の出しにくいものにしてしまっているなと感じた。