伊達男の映画批評

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ジャーナリストの矜持が描かれた「スポットライト 世紀のスクープ」レビュー


映画『スポットライト 世紀のスクープ』予告編

作品・出演者情報

監督

トム・マッカーシー

キャスト

個人的レビュー

個人的には、今まで見てきた映画の中で五指に入るような傑作だと思っている。

本作品は、事実を元に作られている。2002年1月にアメリカの新聞「ボストン・グローブ」が報じた、カトリック神父たちによる児童への性的虐待を教会が組織で長年隠蔽してきたという衝撃的なスキャンダルだ。当時のアメリカは同時多発テロが発生し、混乱の最中にあった。教会を心の拠り所として必要としている人がたくさんいる中、このスキャンダルは報じられた。

数百年の歴史を持つ教会という権力を眼前にして、闇に葬り去られてきた被害者たち。心に傷を負いながらも平穏な日常を求めて暮らしている多くの人がいた。被害者の気持ちを考えれば、そっとしておくことも1つの解決策であったかもしれない。でも、本作で描かれているボストン・グローブ紙の記者たちは今もなお被害者が生まれているこの現状を変えようと、ペンを手に強大な権力と戦うことを決めたのだ。

真のジャーナリズムとは何かを考える上で、この作品は欠かせない。

個人的な意見になるが、日本のメディアは権力に従順だ。右とか左とかいう話ではなく、記者が所属する団体に強く影響を受けた記事を書いている。是々非々で考えず、政権の批判に終始したり、身内の不祥事はとにかく隠蔽する。ろくに取材もせず、憶測だけで記事を書いてジャーナリストを名乗っている者が多い。

先日大きな話題となったダレノガレ明美さんの薬物疑惑なんかはその典型だ。取材もせず、裏取りもせずに数百万人が目にする記事を世間に垂れ流している。イメージ商売の芸能人にとって、薬物疑惑を報じられた時点で取り返しのつかないダメージを与えるという点を理解していなかったのだろうか。

ボストン・グローブ紙の記者たちは違った。カトリック教会という強大な相手に対して、自分たちの信念を貫くために取材を行い、記事を書いていた。権力のもとに葬られた被害者たちを救い、新たな犠牲者を出さないために。もう、根本的な姿勢が違う。ゲスい記事ばかり書いているメディアには爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。

作品中のラストシーンでも描かれていたが、実際にこのスキャンダルが報じられたのをきっかけとして多くの報道が行われた。カトリック教会に限らず、孤児院、学校など施設関係者と子供たちが共同生活を送るような環境でこうした虐待が行われていることが報じられたのである。

さらに、この件はアメリカだけでなく、世界各国で訴訟が起こる事態となった。そして、実は今もなお根強くこの問題は残っており、解決はまだ遠い。

本作品で描かれた取材の過程において、虐待被害を受けた男性の心境の描き方が秀逸だった。彼はゲイで周囲にはそのことを隠して生きていたが、ゲイである自分を初めて認めてくれたのが加害者で、性的虐待を受けたにもかかわらず男性を好きになってしまうという苦悩を告白していた。演じた役者の表現力の高さに、まるで本当の被害者なのではないだろうかと思ってしまうほど。

今でこそゲイやレズに対する偏見も少なくなってきたが、まだ根強い偏見があることも確かだ。個人的には、あのワンシーンだけでもこの映画の価値があったのではないかと思う。

カトリック教会という強大な権力に対してどう攻めれば全貌を暴き、現状を変えられるのか。スポットライト編集部でも意見の分かれるところだった。今もなお被害者が生まれているこの現状を変えたくて、可能な限り早く記事を出すべきだという記者と、問題の根本を正すためにも、虐待を行った神父を全て洗い出して教会の姿勢を糾弾するべきと考える上司。どちらも間違いではない。より現場に近い立場で取材を重ねてきたか、現場から少し離れ、大局を見て指示を出す立場なのかでの食い違いだ。本作品では、取材チームのそれぞれの役割も含めて丁寧に描かれている。視聴者にも双方の意見の元となっている体験を示しているため、どちらかが間違っているというわけではないことは理解しやすい。

ハリウッド映画にありがちな盛り上がりはこの映画にはない。事実をもとに、真実を追い求める記者たちの泥臭い姿を克明に描いた作品だ。

日本人は宗教に関心がない人も多い。宗教的な行事は進んで参加するが、それがどういったバックグラウンドを持つ行事なのかはあまり関係ない。私を含め、日本人にはこの映画で描かれていたスキャンダルがどれほど衝撃的なものだったのかをしっかりと理解できる人は少ないのかもしれない。何人もの教師が児童に性的な暴行をしていたが、教育委員会によって全て揉み消されていた、みたいな感じだろうか。いや、もっと衝撃的だったはずだ。

同時多発テロもあって精神的に大きなダメージを受けている人が多い中、教会を心の拠り所としていた人もたくさんいただろう。ボストン・グローブが出した記事は、無慈悲にもその拠り所を打ち砕くものだったことは間違いない。

教会側も、自分たちの影響力を理解していたからこそ、このスキャンダルを長年にわたって隠蔽してきたのだろう。それが正しくないと知っていながら、自浄できなかったのは非常に悲しいことである。

記者のプライドを描いた本作品は、多くの人にオススメしたい映画である。派手なアクションシーンがあるわけではないが、心に深く突き刺さる作品であることは間違いない。

ボストン・グローブの取材チームは、この一件で報道の権威とも言えるピューリッツァー賞を受賞している。情報が溢れかえっている現代社会に生きる私たちは、この映画から学ぶことが多いはずだ。

良かった点

作品を盛り上げるための脚色がほとんどない点はよかった。現実離れした大スキャンダルを克明に描いている。また、役者陣も非常によかった。超有名な役者というわけでなないが、それがさらに作品にリアリティをもたらしていたと思う。

この作品を見ると、製作陣のボストン・グローブ紙への敬意が感じられる。

情熱と丁寧さがもたらした世紀の大スクープを、情熱と丁寧さで映画に落とし込んでいる。

では、作品を見る私たちはどうあるべきか?

この問題から目を逸らさず、今もなお苦しんでいる人がいることを忘れてはいけないだろう。遠い国の話だと思っているかもしれないが、日本も例外じゃない。

我々は記者ではないが、こうした問題に直面した時、正しい道を選び続ける強さを持っていたいものだ。

残念だった点

ない。強いていうなら、教会側の裏側も見てみたい。隠蔽に走った理由や、その心境など、加害者として描かれている側の話を深く掘った作品も見てみたいと思った。

終わりに

このクオリティの映画がサブスクで見られるというのは、本当にすごいことだと思う。普段はアクション映画やSF映画を鑑賞することが多いのだが、実話をもとにした映画を見るのも悪くないと思った。